赴任

34/35
380人が本棚に入れています
本棚に追加
/355ページ
 結局、鍵が挿さったままの3006号室が砂崎の家かは確証がなかったが物騒なので静かに引き抜いた。ドアにメモだけ貼ってマンションの入り口にある3006号室の郵便受けに入れてきた。  大学に着いたのは8時50分。このぐらいの時間帯でいいのか分からなかったが、とりあえず俺には今のところ無縁の9時の1コマ目の授業に間に合う通勤時間は確認できた。 「おはよう、安藤先生」  廊下を歩いていると後ろから吉沢先生が現れた。今日もキツめの香水。 「おはようございます、昨日は無事に帰れました?」  ふふっと笑って、何か意味あり気に見せたが、首を横に振った。 「無事なんてもんじゃないわよ。タクシーで先に舞ちゃんが降りた後に豊橋先生ったら、まだ帰りたくないなんて言うから、どうしようか困っちゃって」  嘘だろ。あのヘベレケおやじ何やってんだよ。 「なんてね、ちゃんと私一人で帰ったわ。豊橋先生なら、さっき自分の研究室に寄って出張に出かけて行ったわ」  吉沢先生は俺の反応を見て楽しそうに笑う。そういえば出張だって言ってたな。水曜日は定例で学会関係で近辺の大学で集まりがあるとか。 「安藤先生は、電車だったわよね。あの後どうなったの?」  大橋が余計なこと言ってないか心配になったが、どうやら砂崎が俺に抱えられて帰ったとまでは言っていないような感じだった。 「砂崎さんもたまたま同じ渦巻に住んでたみたいだったので、駅まで一緒に帰りましたよ」  そう、と素直に受け止めて、それ以上は何も言わなかった。 「じゃあ豊橋先生もいないからつまらないと思うけど、適当に1日を過ごしてね。寂しくなったら会いにきてくれていいから」  朝から何言ってんだこの人はと思いながら礼だけ伝えて、俺は研究室に入った。
/355ページ

最初のコメントを投稿しよう!