冬休み前

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「まったくだな。舞ちゃんはやりたい事が割と吉沢先生と話ができているが時間がないって感じで、うちの子はまず俺と話す気がないのか、たまにふらっと舞ちゃんと立ち寄って存在を見せたら、5分ぐらいで気がついたら消えてるから」  話としては、この急な会議を理由に、俺にこれから研究をどう進めたいのか確認してほしいといったお願いだった。  あいつ、そんなに進んでないのか。こないだ俺の家で話した時は、意識と行動についてアプローチするって言ってたような気がするが。  吉沢先生が付け足す。 「ほらぁ、安藤先生みたいに若い人と話せば、香奈ちゃんも心を開くんじゃないかしら。きっと悩んでいるの。あなたがそっと抱き寄せてあげて、ちょっと頭を撫でてあげたら私が学生ならイチコロで勉強頑張っちゃう」  豊橋先生もそうだそうだ、と頷く。つくづく何言ってんだこの人たちは。 「砂崎がいい子なのは間違いないが、ちょっとセンシティブっていうか、おじさんには分からない胸の扉があるみたいだから。お前がノックしてやってくれよな」  おじさんに胸をツンとつつかれながら甘えられる。本当昔から自分に甘いっていうか、取り入るのが上手いっていうか。  とはいえ、そのおかげで俺みたいな不真面目な学生が生きながらえたのも事実なんだよな。これで鼻毛も腹も出たしがないおじさんなら、さっさと悪態をついてやるんだが、中身はこれでも格もあって見た目も魅力しかない教授だから嫌になる。 「わかりました。とりあえず今日の昼ですね」  4コマだから、と嬉々とした表情で吉沢先生と喜ぶと、飲みかけのコーヒーを置いて2人とも授業に向かう準備をし始めた。なんなら用事は言い渡したからさっさと出て行って欲しいみたいな雰囲気すら出す。  都合のいい大の大人2人に呆れて、俺は豊橋先生の部屋を出た。  廊下の窓からは空がよく見える。今日は雲が厚くかかり、そのうち雨が降り出しそうな空をしている。ベランダに出しっ放しで来てしまった観葉植物が少し心配になる。  砂崎とはあれから一度も話していない。というより見かけてもいない。生存確認にもなるし、あの2人だけなら特に気負いする必要もないか。  俺は吉沢先生から預かった大橋のバインダーを眺めたり、自分の論文に加筆修正しながら昼の4コマに備えた。
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