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大橋の随伴経験のエピソードは、バイト先の店長に言われた手書きの黒板メニューを頑張って作り込んだら、その日の売上が増えたといったものだった。
「私飲食のバイトだから、結構人とのコミュニケーション多いのよね。頑張った分が店の営業に反映されて嬉しかったの」
「へえいいじゃん。自信高まったんじゃない?いい例だね」
そう返すと、大橋は嬉しそうにした。素直なやつだ。
「砂崎は?」
「私は、そんなに明るい話ではないのですが」と少し控えめに前置きをした。
「私、大学は本命に落ちちゃって、実家から遠いこの大学に通うことになったんです。本当は心理学にはあまり興味がなかったし、もともと人見知りなのにさらに地元を離れてまで通う必要があるのかなって思ったんですが、豊橋先生や舞と出会って、」
訥々とここまで話したところで、砂崎は静かになった。
「ん?どうした?」
「何だっけ」
「え?」
「あ?」
途中で話がわからなくなってしまったらしい。その様子を見て大橋が笑う。
「香奈が言いたいのって、随伴経験とは違うかもしれないけれど、なんだかんだでこの大学でいい先生とか友達と知り合って通えてるってこと?」
「そう」
頷いて「そんな感じ」と丸く収めた。
「まあその結果になるための相応の努力ってのがお前の中ではあったのかもしれないけど、ちょっと随伴経験のエピソードとしては弱いかもな」
俺がそうコメントすると2人はぶすっとした顔をする。
「先生から聞いておいてそういう言い方ってありなんですか」
野党がヤジを飛ばすように、俺を指差しながら大橋は指摘した。砂崎は途端に興味を失ったようにそっぽを向いている。
「ああ、ごめんごめん。でも砂崎も新しい環境に馴染むための努力をしたんだよな。俺もここに移ったばっかりだから気持ちわかるよ。土地勘もないし、今度授業するための準備してるけど、全然前に進まないし」
俺が取り繕うと、大橋はそんなのお金もらってるから当たり前じゃんと最もな反応をする。
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