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18時。講義棟を出ると、何人かの学生が傘を差していた。自習スペースで課題でもやっていたのだろうか。荷物の詰まった鞄が傘からはみ出て雨に当たっている。
「先生、帰るの?」
気がつくと軒下に立つ俺の横に砂崎が立っていた。どういうわけか、建物から出てきたように思うが既に濡れているようだった。
「なに?何で濡れてんのお前」
手に持ったタオルで適当に髪を拭って俺を見上げた。
「傘ないんです。自習室に置いてきたビニール傘取りに中庭通ったら、濡れちゃって。でも誰かが持って行っちゃったみたいで」
いつの時代もよくある話だ。金と傘とチャリは天下の回りもの。濡れたレベル1のモンスターは、寒そうに肩をさすった。俺の家でさすっていたみたいに。
「入る?」
自分の傘がそれなりのサイズなのを砂崎は目を瞬かせて確認した。
「いいんですか?」
そりゃこの状況で、じゃあまたなんて言う方が難しい。俺は傘を広げて、一歩前進した。
「どうぞ、お構いなくです」
砂崎は線を越えるように一つ小さくジャンプして俺の横に入った。
「先に言っとくけど、お前ちゃんと家の鍵持ってる?」
へ?と俺を見上げた顔は好奇心有り気な表情をしていて、瞳の丸さを間近で感じた。
「大丈夫です、あれから鞄の中に引っ掛けるようにしたんで」
そういうと後ろに背負ったリュックサックを前にして見せようとしてくるので、制した。
「出さなくていい、いい。お前濡れちゃうから」
慌てて傘を砂崎に傾けた。
「あるならいいんだよ。会うたびに何か無くすなら、せめて一つにしてくれ」
こないだは鍵、今日は傘。次は何なんだ。
ふふと笑って、気持ち俺に体を寄せ、濡れたタオルを前に振る。
「一度になくなる方が探すの大変ですもんね」
「まあ、一つも無くさないのが普通なんだ」
こいつ本当にわかってんのかよ。
俺と砂崎は校舎前のバス停まで歩いた。俺の持ち手を時々眺めたり、手に持ったタオルを振ったり、呑気な様子だった。彼女は近くのバイト先に向かってバスに乗り込んだ。
「先生、ありがとう。助かりました」
「ああ、しっかり働いてくれたまえ。じゃあな」
ドアが閉まる。
知らなかったが、砂崎は俺の送別会をしてもらった夜桜で働いてるとのことだった。純さんに声をかけてもらったと言っていたが、酒も飲めないのに半分スナックみたいなところで働いてるとは不思議なやつだ。
「まあ、人には色々ある、か」
さっき砂崎について豊橋先生が話した言葉を反芻していた。
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