冬休み前

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「おはようございます」  呼び出しメールを受けて俺の研究室に現れた彼女はどこか不機嫌そうだった。手にはコンビニの袋をぶら下げていた。 「お、来たか」  砂崎は俺のデスクの前に置かれた小さなワークスペースに座り、袋からカフェオレを取り出した。黙ってストローを刺すと小さな口に運んだ。  俺はしばらくその様子を眺めて、どう切り出したもんかと悩んだ。 「悪いな、いきなり呼び出して」 「いえ、履修してますから…」  気まずい。一言きりですっかり黙ってしまう砂崎に一体何があったのか気になったが、俺は無視して彼女の前に座って続けた。 「砂崎が意識と行動を紐つけて、何か具体的に学部卒論レベルでアプローチできそうな題材を考えてたんだけど」  背後に置いていた幾つかの論文のコピーを砂崎に見えるように正面を向けて並べた。もう既に彼女の中で何か気になっている題材があるなら、それを引き出せるチャンスでもある。  案の定彼女は目の前にヒントが並ぶと、興味を向けて手に取り出した。 「とりあえず3例だけど、俺はカラーバス効果とか面白いかなって思ってる」  他に用意したのは、半分冗談で物を無くしやすい人の行動特性の研究例と、大学生における自意識の強さが及ぼす行動への影響といった無難なもの。 「カラーバス効果って、特定の色を意識すると同じ色のものばっかり目に入っちゃうやつ」  俺に向けて喋ってる風には見えなかったが、どうやら基本的なことは知っている様子だった。 「そう。つまり人間は自分が見たいものに意識を向ける傾向があるってことだ。今日の占いで言われたラッキーカラーを意識すると、そればかり目に入ったりするのも例だな」
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