冬休み前

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「人間って確かに、見たいものしか見ようとしない動物ですよね」  砂崎は意味深に唱えると、自分のその言葉を咀嚼するように「見たいものしか見ない…」と繰り返した。 「まあ何もかもがそうだとは言い切れないが、そういう傾向があるね」  俺はカラーバス効果を取り扱ったその論文の概要欄の一部を丸で囲った。  そもそも人間の脳自体は現実と想像の区別ができない。脳は、想像の出来事を実際に起きていると錯覚してしまう。何かに意識を寄せると、脳はそれに向けて行動の信号を発する。 「脳はそこまで万能じゃなく、非常に囚われやすい。だからな、成功や自己実現には予めイメージすることが大切になってくる」  砂崎は俺の説明を聞きながら、論文コピーにメモを取る。既に何度か見たことのある丁寧で形の整った字が並ぶ。 「じゃあ」と、ふと顔を上げ俺と目線を合わせて彼女は聞いた。 「恋愛も同じでしょうか」  なんだ、突然。純粋めいたその聞き方が重めのボディブローのように、俺を一瞬怯ませる。 「まあ、恋愛だけでなく、家族や友人関係も人との関わりにも同じことが言えるな。誰かのことを意識するとその相手自身の行動や、相手に関連する情報ばかりに意識が向くことはよくあるよ」  何を焦っているのか、一般論を早口で捲し立てる自分を感じながら、俺は砂崎から目線を逸らした。 「先生、面白いですね」  さっきまでつまらなさそうに不機嫌の靄をまとっていた砂崎は、ちょっと楽しそうにした。 「なに、俺のことからかってんの?」 「え、面白い題材だなって思ったんですけど」  そう切り返され、余計な墓穴を掘らされてしまった。
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