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店に着くと、純さんはカウンターから俺を見て嬉しそうにした。
「安藤先生、やっと来てくれた」
湯気の立つ熱いおしぼりを背後から取り出して、カウンターに座った俺に手渡してくれる。ふっと香る柑橘の香りが鼻をかすめて、安心からため息が漏れた。
「こないだの一件でもう来ないんじゃないかって思ってたの、ね、香奈ちゃん」
純さんは声をかけたが、俺は入口に立った瞬間から砂崎が俺に気が付いているのをわかっていた。一瞬口を開けて、まずそうな顔をしたのを見逃さなかった。
「先生、こんばんは」
砂崎は濃紺のエプロンをつけて、何事もないような顔をして俺に挨拶をした。それが可笑しくて、俺も敢えて何も言わずに注文した。
「ビール、もらってもいいかな」
いや、今度行くって言ったし俺。授業サボっておいて、俺が逆に店にやってくるリスクは考えてなかったのか。
純さんも少し訝しみながら、そそくさとビールサーバーに向かう砂崎を一瞥した。
「香奈ちゃん先生来て緊張してるの?」
彼女は適当なごまかし笑いをして、背中を向けてジョッキにビールを注いだ。
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