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閑散とした電車に揺られて渦巻駅に着く頃には、すっかり酔いは冷めていた。無人の改札を抜けると、更に何もない暗い裸の田んぼ道が続く。
「私、先生にもっと知ってもらえるように努力します」
「いや、そんな意気込む必要は全くないから」
聞いてるのか、聞いてないのかマフラーに顔を埋める。
「聞いてる?」
何だろう、こいつのこういう自己暗示的なところが、無性に俺の甲斐性を試してくるし、気になってしまう。
「だって、私は自分のこと知ってほしいですし、先生は私のこと知りたいんだから別に努力するのは変じゃないですよね」
強気の口調で俺を見上げて言う。それがまるで純粋無垢な子供が自分の理屈を押し通すように見えて、笑ってしまった。
「なんで笑うんですか」
納得いかないと眉間にしわを寄せる。
「かわいいな、お前」
思いのほか情の籠もった言葉が口から突いて出てしまう。
すぐに砂崎は分かりやすく照れて顔を手で覆った。
「先生それずるいです、意識しちゃいます」
「ごめん、俺も今のは自分で言っておきながらめちゃくちゃ恥ずかしい」
むず痒さに耐えられず自白した。知ってほしいとか知りたいと言い合ってるうちに、お互いの意識がどんどん相手に向かって伸びていってしまう。
「こういうのもカラーバス効果ですよね」
砂崎は習ったばかりの用語を持ち出して、俺を追及する。
「まさしくそうだな」
一体どこからだろうか。さっき店で純さんに砂崎のことをお願いされたからか。それともこの間豊橋先生に気にかけてやってと言われたからか。
砂崎は俺の腕を掴み、照れ隠しに笑いながら見上げてきたが、直視できなくて俺は顔を逸らした。
ああそうか。もう初めからなんだろうな。
「あの泊めた日からそんな予感があったんだろうな」
砂崎には伝わらないかもしれないが、俺の中では辻褄が合うのを感じた。
掴まれた腕をどう扱っていいのか迷ったが、それでも、無碍に振り払うことができなかった。何かに観念させられるように、俺はその腕の先に繋がる彼女の手を握った。
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