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週末、俺が唯一決めたのは「砂崎に悲しい思いをさせない」それだけだった。その中には当然「決して大学の人たちにはバレないようにする」も含んでいたが、事態は俺の想像を超えて、もっと性急に進んでいった。
冬休み中に俺が受け持つ2年生向けの特講授業の準備が、いよいよ日程的に不味くなってきたのは、色々あった頭を冷やす上でいい助けになりそうだった。
配布予定の統計分析手法のテキストは、以前に豊橋先生が既に作成したものをアップデートすることにした。心理学には理数系の要素も含んでいることをまだ知らない文系脳の集まりに、現実を突きつけるきっかけにもなる。
「先生、お仕事中ですか」
テキストを打ち込むのに集中していてノックに気がつかなかった。
「はい」
控えめな問いかけに俺は生返事を返したが、不意をついて覗き込むように現れた砂崎に俺はたじろいだ。
「お、おう」
勢いよく閉じたノートパソコンがデスクを滑った。
「今、大丈夫ですか?」
「一応お時間空いてるか確認してきたんですが」と挙動のおかしい俺を不思議そうな顔で見ながら言った。
ニット帽から覗く彼女の小さな耳と鼻の頭は少し赤く、外から来たことがよくわかった。
「今日は一段と寒いよな」
「師走ですから」
自分の手で赤くなった耳を覆い隠した。ウサギみたいだな。
「どうした?珍しいね」
一応ドアの付近をそれとなく確認して、大橋や他の学生がいないか確認した。どうやら1人で訪ねてきたようだった。
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