29.朧月を眺めて

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エントランスに入った私は、化粧室に立ち寄ってからエレベータに乗った。 雨降りのせいか、スーツが濡れた時独特の嫌な臭いに、一瞬息を止める。 これだから雨の日は嫌だ。 服は湿気るし臭いし、ストッキングは汚れるし、靴も手入れが面倒だし。 四階を過ぎた辺りで止めていた息が苦しくなり、私は静かにそれを吐き出す。 ――ポーン。 肺の中の最後の一吐きまで出しきった時、丁度扉が開いた。 数人の同僚と一緒にホールに出た私は深呼吸。 ふう。 オフィススペースに入った私は、いつも通りタイムカードを機械に通してから自分の席へ。 鞄を置くのと同時にチラと不在状態の隣の席を一瞥。 やっぱりまだ来てないんだ。 何となく変な感じはしたけれど、既にパソコンを起動させていた浦野さんに挨拶をして席に座った。
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