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「なあ湊」
「何だよ?」
水場の音をかいくぐるように、竜司の声が聞こえた。
「魔法とか使えたら何したい?」
それはあまりにも突拍子も無く、荒唐無稽な問いだった。
「きっと竜司が期待してるような答えは出ないと思うよ」
「構わん構わん」
……そうだな。
それこそ荒唐無稽だけれども。
たとえば異世界に行ったなら。
たとえば魔法が使えたなら。
世界征服してみるのも悪くないと思った。
明くる日。
ちなみにこの日は、僕たちの高校の修了式。浮かれてしまうのも仕方ない事だ。
「ようやっと、待ちに待った春休みだな、湊」
「どうせ、女の子といちゃいちゃしたいだけでしょ、これだから竜司は……」
呆れて物が言えないよ。
「セックスがしたい」
「これだから竜司はっ!」
朝っぱらからそんな事言わないでほしい。なんか萎える。竜司は口を開けばそればかりだ。
『英雄、色を好む』。
僕は、この言葉にこう続けたい。
『されどその程を知る』。
何が言いたいのかと言えば、自重しろよこの野郎、とただそれだけの事なのだけれど、目の前の男は自重しないからたちが悪い。
マジなんなのこいつ、脳みそ下半身にあるんじゃないの?
「お前も一回すれば分かるって」
「いいんだよ僕は。理想主義だし、何より相手が居ない」
「だからそれは俺が分けてやろうかと何回――」
「もう少し女の子の事を考えてあげた方がいいよ、竜司は」
僕はもっと普通の恋愛がしたいんですー。出会ってすぐパコパコなんていう爛れた関係は嫌なんですー。
まあもっとも、そういう考えは童貞にありがちらしいんだけど。……はあ。
「溜め息吐きなさんなって」
「誰の所為だと思ってるの」
へらへら笑っちゃって、全くもう。こいつの頭も春到来だよ。ふわっふわし過ぎだよ。
とりあえず今日付けで学校生活は一時休止な訳だし、竜司と過ごす時間も必然的に増えるんだろうなあ……あれ?
「ねえ、竜司……」
「ん、何だ、湊……あ?」
竜司も気付いたらしかった。
「おい……これ、どういう事だ?」
そう、僕たちの通う中津川高校が、跡形もなく消失していたのだ。
こういう異常事態に、僕は不本意ながらも冷静に対処出来るスキルを持っていた。周りが周りだからな。
「お、おい、湊!?」
「ちょっと、静かにしてて」
何だ、この消え方は。
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