15人が本棚に入れています
本棚に追加
直樹は、ふと思う。
「俺は、いつから人の笑う顔を見てへんのやろ…… 」
狭い部屋。
壁には、ポッカリと穴が開いている。
いつか母親が、喫煙の事を咎めた時にこの壁を殴った。
拳に鋭い痛みが走り壁に穴が開く。
それを見ていた母親が、泣きながら狭い階段を駆け下りる。
それから母親はこの部屋に入って来なくなり、直樹が煙草を吸っても今は何も言わなくなった。
直樹が吐いた紫煙が、壁の穴に吸い込まれて行く。
薄暗い部屋。
テレビだけがついている。
テレビから聞こえる笑い声が部屋に響く。
画面の中で大勢の人間が、声を上げて笑っている。
何がそんなに面白いのか…… ?
チャンネルを変えようと床に落ちたリモコンに手を伸ばす。
脇腹に痛みが走り直樹は、顔を歪める。
昨日の帰り道、からんで来た他校の生徒が木刀で直樹の脇腹を殴りつけたのだ。
その生徒も最後は直樹の膝蹴りを顔面にくらい、苦痛に満ちた顔で地面を這いずっていた。
母親が泣く顔。
教師が困り果てる顔。
友人や後輩が、ビビる顔。
喧嘩を売ってきたヤツらが、苦痛に歪む顔。
十五歳の直樹の回りには笑顔の人間等、一人もいなかった。
紫煙が、壁の穴の闇に吸い込まれて行く。
テレビからは女性歌手の歌声が、聞こえていた。
・
最初のコメントを投稿しよう!