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微かに電話の音が、聞こえる。
階下には、誰もいない。
妹の誕生日。
母親と妹は、ささやかな祝いをするために外食に出ている。
母親と妹の二人は直樹に声もかけず出掛けて行った。
母親と仲のこじれた父親は、まだ帰宅していない。
会社で仲良くなった若い女の所に行っているのだ。
数年前までは、妹の誕生日に家族四人で外食をしていた。
家族と言えども、人間関係は複雑にこじれ合う。
しつこく電話がなる。
留守番電話のメッセージが再生されると切れ、すぐにまたなり続ける。
直樹は、大きく溜め息をつきドアを開く。
目の前に狭く急な階段。
階段の直下、木製の台の上で電話がなっている。
階段を駆け下りて行く。
階段の壁には、いつか自分が空けた無数の穴。
自分の苛立ちと狂気の傷痕。
直樹の後方に、穴が流れて行く
直樹は、乱暴に木製の台の上に置かれた電話の受話器を掴み上げ耳にあてた。
「もしもし…… 」
煙草の吸い過ぎで掠れた声で言う。
「ナオかぁ? 」
受話器の向こうから、ゆっくりとした口調の声が聞こえた。
「じいちゃん…… 」
直樹の声から刺々しい物が、一気に抜け落ちて行く。
祖父とは両親の仲が、こじれ始めたここ数年、会っていない。
「ちょうど良かったで。昨日…… ナオの夢見てな…… 」
数年ぶりに聞く祖父の声は、いくらか精気を失っているように直樹には感じられた。
「急にナオに会いたくなってな…… 学校が休みの時にナオだけでええから遊びにこうへんか? 」
祖父の急な提案に直樹は黙る。
祖父も祖母も初孫である自分を溺愛していた。
直樹の荒れ果てた心でも、そこまでは忘れていない。
「分かったで。また行くわ。それまで、じいちゃんもばあちゃんも元気でな 」
直樹は、そう言うと電話を切った。
狭い階段を駆け上る。
直樹は、視界に入る自分が空けた幾つもの穴に、吸い込まれそうになった。
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