15人が本棚に入れています
本棚に追加
快速電車で片道、二時間弱の距離。
都会の彩のない景色が、直樹の後方に飛んで行く。
列車の巨大な車輪と線路が、擦れ合う音が山裾に響く。
窓から見える緑色の景色が、眩しい。
青が、濃くなった空が山の上に広がる。
色彩豊かな空間で、直樹の学生服の黒色だけが浮いている。
窓の外を眺めているだけで、直樹の中にいつかできた傷が癒えて行く様だ。
急に直樹の鋭い眼光が、丸みを帯びる。
棘のなくなった視線で山の稜線を追う。
その山も後方に消えて行き直ぐに見えなくなった。
線路の向こうに見える河岸。
水が流れ泡立つ。
見ているだけで、汚れた自分の体から何かが洗い流されて行く様な気がする。
夢中になって窓の外を眺めていると、目的の駅に着いていた。
改札を出るとなつかしい田んぼが、一面に広がる景色。
道路を挟んだ駅前の小さな商店の前に電話ボックスがあった。
直樹は、狭い電話ボックスに入ると祖父の家の番号を押す。
初夏の熱気が直樹の体に纏わりつく。
日光に炙られた受話器から手の平に、鈍く温度が伝わってくる。
「もしもし…… 」
何回かコール音がなった後、祖父が電話に出た。
「じいちゃん、来たで。今、駅前におる」
「ナオ! 今日、来たんかいや! 来るんだったら昨日、言うてくれたらよかったやんか」
祖父の声は、驚きつつも弾んでいる。
直樹は、なぜか少し嬉しくなった。
「急に来てごめんな。じいちゃん」
「ええよ! すぐに迎えに行くから待っとるんやで」
祖父は、そう言うと直樹の返答を待たずに電話を切った。
直樹も受話器を置き、電話ボックスを出る。
空を見上げるとゆっくりと鳶が、円を描いていた。
・
最初のコメントを投稿しよう!