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 傍から見ればただやみくもに走っているかの様に思えたが、マーヤには確固たる自信とそれを裏付ける経験があった。  幼少の頃より父に連れられよく狩りに出ていた。  たとえこの鬱蒼と生い茂る巨木の群れが幻惑の森と呼ばれていようとも、彼女にとっては昔から慣れ親しんだ庭みたいなものであった。  現に昨日も、その前の日も、マーヤは仕事をするためにこの森へ入り、そして無事帰っていたではないか。  だが今日はどこか違った。  あれ程優しく雄大に見えていた太古よりの木々たちは、禍々しく歪み憎悪の塊の如く彼女の行く手を阻み、可憐に囀っていた小さな歌声も、いつの間にか死へと誘う魔鳥の調べへと変わっていた。  一体何が起こっているのかマーヤには想像も付かなかったが、とにかくここにいるのは危険だと第六感が仕切りにがなり立てていた。  霧が濃くて周囲がよく見えない。こんなにも霧が出たことは未だかつてない。  きっと何か起こったんだわ……。  思案しながらも走り続けるマーヤの右手が素早く動いた。  一筋の銀の閃光が小さな風切音と共に霧の彼方へと消える。  反射的に背中の弓を取り矢を射たその間、わずがコンマ五秒だ。  例え女だろうと辺境に生きる人間だ。危険を察知する能力とそれに対応する腕を彼女は持っていた。  ましてや彼女はハンターなのだから当然である。 「……気のせいかしら」  一瞬妙な殺気を感じ矢を放ったのだが、もし何かに当たっていれば何かしらの反応があってもいいはずなのだが。  矢を構えたまま少し様子を伺ったが、空気が変わる気配も感じられなかったので再び走り出した。  一刻も早くこの森を脱出しなくては。  辺り一面代わり映えのない景色だ。どこを見ても雑草と巨木しかない。  こんな森の中に町への目印などあるはずもなく、頼れるものは自分の経験と勘しかなかった。  足を止め上を見上げる。  分厚く塗りたくられたかのような重葉の天井からうっすらと微かに光が零れている。  だがその僅かな光も、霧のカーテンに遮られほとんどが眼を伏せていた。 「木の成長度合いから見て東はこっちのはずなんだけど……まいったわね。迷ったかしら」  植物であれば自然と枝先は南へ向かっている。  それを道標に東へ向かえばいい。  町へ戻る時は葉の色で見極めろ。
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