浅葱色

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   この場で思い付くものはない。  だから、当たり障りなく言おう。それしかない。 「……住む場所がなくて。何処が何処かも分からなくて、知ってるのが新撰組だったんです」  見たことのない景色。綺麗な道とは違って、石やら砂の道が何処へ続いているのかも分からない。  ただ、私は……知ってるものが新撰組ってだけで来た。ここに嘘は一つもない。 「それだけかい? 君が自らここへ来たのが、住む場も働く場も無いから……という理由だけでないなら、その他の理由を聞かせてもらいたいのだけどね」  他の理由は、ない。単に本物を見れるっていう嬉しさと、携帯小説で読んでいた世界に憧れて来たようなもの。  何かをしたいとか、新撰組の役に立ちたいとか……大層な理由は無いんだよね。  正に、思い付きってやつ。  言えなきゃクビってことは無いだろうけど……私はレアな人間なわけだしさ。  それでも、これから起きることは口にしないつもりだし、言いたくない。  となれば……。私の価値ってないんだよなぁ。  雇っても利益が無い女は、必要ないからクビにしようぜ、なんて展開も……あるかもしれない。  それは困るし……。 「春日さんは、他へ行こうとは思わなかったのですか?」  黙り込んだ私をみかねて、猫を撫でながら山南が優しく問いかけてきた。 「他のところ、ですか? 他のところが思い付かないんです。私、京と聞いたら新撰組しか知らなくて……」  他なんて、思い付かないなぁ。  携帯小説じゃ、甘味処としか書かれてなかったりするし……知ってる場所がない。  行きたいところって、やっぱり新撰組だけだったから……もう、言うこともないや。  
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