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以前はどこかの会社の、立派な大きい倉庫だったのだろう。左右にスライドして開くタイプの鉄扉はもはやその殆どが海水と潮風の浸食を受け、抜け殻のような状態で過去の姿をかろうじで教えてくれている。
行動開始予定時刻まであと5分━━━━ただこれはあくまで基準だ。
こちらの仕掛けに見事釣られた警察連中が行動開始する時間であり、その時間と同時にこちらのターンが来るわけではない。
(ポイントにどんどん集まってきてるわ、港湾警察の連中。)
甲板にあぐらをかいて座っていた信太が聞いたソフィアの声は無線機越し。
船室で情報収集に奔走しているのだろう。
傍にいた百合江が、無線機に返す。
「そろそろ動くか…リック、船を出してくれ。ヤンはジェットスキーの準備して。」
(オーケィ、リフト下げとくよ。)
(了解だ。)
足元で、船の鼓動が聞こえると少しずつ船は夜の暗い海の中へと出ていく。
周囲には人工物が多い。だがどれも先行きを照らす蝋燭に成り得ない骸ばかりで、その上、立ち込める霧のせいで視界は悪い。
━━━━目標のポイントは、旧大手デパート跡。
この街の中心にあって、再開発の流れに飲まれつつあったそこは今、歪んだ地盤の上に斜めに構えて立ち尽くしている廃墟。
そこから直線距離にして数十メートル…立ちつくすビルとそれに寄りかかるビルの隙間に船が入ると、静かにスピードが緩められてライトの類は全て消灯された。
━━━━遠くから聞こえるゾディアックのか細いエンジン音。
きっと港湾警察のだ。
船尾に向かった百合江は、既に準備を終えているヤンに言う。
「慌てんなよ?しゃしゃり出て港湾警察に絡まれたらメンドくさい。」
「わかってるって━━━━信太も一緒に来るんでしょ?」
「そう。アタシと信太で組むわ。それとね、ヤン。これはあくまでアタシのワガママだ。危ないと感じたら退がって。」
ヤンはニコッと笑い、百合江の手の平にジェットスキーの鍵を渡す。
「港湾警察なんていつものことじゃない。それに、ボスン命令は絶対さ。」
「ありがと。バックアップ頼むわ。」
そうして、改造された船尾のリフトに載っているジェットスキーに跨る。
信太はその背中に続き、ヤンが隣りにあるもう一台のジェットスキーに跨るとリフトが下がって海水面に着水した。
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