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この街の郵便配達夫には顔が無い。郵便配達夫だから顔が無いのか、顔が無いから郵便配達夫に採用されるのかは謎だ。
北条探偵はそのように説明する。
街を歩けば、郵便袋を荷台に載せて自転車を走らせる彼らに必ず遭遇することだろう。この街の郵便物は膨大だからな。彼らはいつも気落ちした様子で俯き加減だ。
「ところで――」
北条探偵は喋りながら机の上の地図を撫でる。
「不思議なことに彼らの勤める【郵便局】の場所を知る者は皆無なのだ。郵便ポストは街中の至るところにあると言うのに」
そして、そこから先は独語になり始めた。この人、調子がつくと喋り続けるタイプらしい。
「郵便局には――おそらくこの街の地図が、完全に近い形で保管されているはずだ。郵便配達夫たちの職務はそれによって正確に遂行されている。……中央郵便局の場所さえわかれば……しかし顔の無い郵便配達夫の追跡はあまりに困難……名前の無い街……路の無い街……」
その先の見えない独語を聞き流しながら僕は、ソファに腰掛けて、日傘とバイエルを脇に置く。脳裏に鮮烈に焼き付いた【顔の無い郵便屋さん】の姿は、しばらく消えそうもない。やれやれだ。
これはちょっと厄介だぞと思う。
これはちょっと厄介だぞ。僕は存外わけのわからない街に迷い込んだらしいぞ……
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