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「……何?」
「この絵葉書」
「絵葉書?」
「これは君のものか? どこで手に入れた? 買った店は?」
矢継ぎ早に疑問符で頭を叩かれて、僕は目を回した。わからない、と答えると北条探偵は僕の隣に腰掛けて、ひったくるようにその絵葉書に見入る。
「ねえ、それ僕のだからね!」
「中央郵便局だ」
「え?」
「中央郵便局の記念ハガキ! それにしてもこの写真……この街角はどこを撮影したものだろう? 時計塔がある……それがこの位置に見えるということは……中央郵便局は街の北西にあるのか? いや……」
また独言LPになっちゃう前に、僕は北条探偵の肩をがくがく揺らして質問した。
「何さ? 記念ハガキって値打ちものなの? Vintageってやつ? 売ればいくらになるかなあ」
「値段なんてつけられるか!」
耳鳴……そんな大きな声を出さなくても聞えるってば。北条探偵はちょっと興奮気味のご様子。
「これは中央郵便局の写真だぞ! 私だってその外観は初めて見た。これは素晴らしいてがかりだ。君はこの絵葉書をどこで手に入れた? 覚えていないのか?」
「さあ。全然……だけど、言っとくけどそれ僕のだからね。なんか勝手に一人で興奮なさっておられるようだけどさ」
「何も覚えていないのか!?」
「何も覚えていないのさ!!」
「あ、もっとよく見せろ!」
「お行儀って大事だと思うんだよね。特に、ひとに頼みごとをする場合……とか」
言いながら僕はおやおやと感心してしまった。なるほどね、ただの郵便局が映ってる絵葉書でも、時と場合によっては交渉の際に有効な材料となりうるらしい。
このぶんだとこの日傘やバイエルも思わぬところで思わぬ役立ち方をしないとも限らないね。いやはや人生とは不思議に満ち溢れているものよだね、実際……
北条探偵の、この絵葉書に対する興奮の度合いから考えて、街の案内と、このビル1Fにあるという喫茶店のオムライスくらいは当然、絵葉書の交換条件として要求できるな、と考えた僕に、しかし、北条探偵は予想外の提案をしたのだった。
「OK.行くあてが無いならこの事務所に住めばいいさ。とりあえず階下の喫茶店で昼食にしよう。――君の失われた記憶はもしかすると、最高の幾何となりうるかもしれない」
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