正方形の案内図――或る即興市街の場合

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    『2F/3F』  書店の前には、Floorを繋ぐ階段が伸びていた。かなりの急勾配で、2人すれ違うのがやっと、という狭さのその階段を僕はスカートの裾を押さえながら上がってく。  踊り場に鏡があった。そこでふと立ち止まり、考えてみる。 【踊り場】  階段が交差するその場でTurnすると、貴婦人のスカートがふわりと膨らむその光景から、踊り場と呼ばれるようになった――という説を以前、本で読んだことがある。  なるほど、くるりと方向転換するとまるで踊っているみたいだね。  しかしそんな雑学的知識はこの際なんの役にも立ちはしないだろう。踊り場の語源なんかより、鏡に映る僕自身であるはずのその鏡像にまるで見覚えがないということが問題なんだ。  長袖パーカー+ティアードスカート+黒ストッキング+編上げブーツ  踊り場の錆びついた鏡に映る人物は、冷静に客観視すればただの女の子にしか見えない。実際、僕は女の子だからそれで何も問題は無いが、それにしてもおやおやだよ。僕ってもしかして、すごく可愛いんじゃない?   錆びた鏡の前で、僕は自分自身の輪郭をじっくりと確かめた。  矯めつ眇めつ。  ――OK.よくわかった。僕は日傘を持ってるしバイエルも持ってる、そして絵葉書も持ってる可愛い女の子。なるほどね。悪くないね。    僕は鏡のなかの僕にさっと敬礼してから、踊り場をTurnして3Fに向かった。  
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