正方形の案内図――或る即興市街の場合

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   Coffeeの香り。    事務所は明るくこざっぱりしていた。  窓際に書斎机がある。その前に応接用のソファが2脚。それだけ。  書斎机で書きものをしている人物がちらりと僕を見た。日傘とバイエルを後ろ手に持って、僕は「こんにちは……」と半歩、前に進み出る。 「あの。ちょっとお尋ねしますけども」  そのひとは何も言わない。僕はそろそろと書斎机に近づいてみる。机の上にはへんな形の定規がいくつも載っていて、どうやら地図を書いているらしい。 「あの。それ、この街の地図ですか?」  机に広げられた紙には複雑な幾何学的図形が大きく描かれ、その中にまた小さい方形や円が描き込まれている。文字も書いてあるようだが、虫眼鏡でも無いと読めなさそう。 「あの。こんにちはっ」  返事無し。 「ねえ、僕が見える?」  目の前でひらひらと手を振ると、うるさそうに顔をしかめてその人はようやく口を開いた。 「うるさいな。君の名前なんか知らないよ。ここは名前の無い街、どこでもない街だ。OK?」  僕はだれ?  ここはどこ?  僕は質問を先回りされて答えられてしまったので、ちょっと面食らってしまった。 「なんで僕の聞こうとしたことがわかったの?」  
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