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「とにかく、この石に触れてみてくれ」
父上殿は綺麗にカットされた乳白色の石を僕に差し出す。それは石というよりも、もっとこう、神秘的な……そう、例えるならば水晶のような神々しさを醸し出していた。
その圧倒的な存在感に、僕は思わず見惚れてしまう。
「ほら、取り敢えずな」
父上殿が僕に無理矢理握らせてきたところで、はっと気がつく。そうだ、僕は母上殿に誉められるのではなかったのか。こんな物で正気を失うとは、僕もまだまだである。
僕が石に触れると、それは半透明な緑色の膜を辺りに放出した。ガラスか? いやだが、この世界にそんな工芸品は存在しない。
その膜は次第に濃さを確立していき、五秒も経てば、もうすでに僕の手首から先は見えなくなっていた。そして収束していく。緑は石の中へ消え、体中が熱さに疼く。
暑い……が、我慢できないようなものでもないな。
しかしそれもやはり数秒で完全に消滅し、ホッと一息吐けたのも束の間、父上殿の疑いの瞳がこちらに向けられていたことに気付いた。なんだ? 何か僕は変なことを――いや。
石か……っ!
僕は未だ右手に握られている石に慌てて視点を当てる。しかし、やはり何もない。気のせいだということは絶対にない。ならば、“何もない”のがおかしいのか!
「シニ、それは一体……いや!」
父上殿は何かを否定するように独り言に逃げる。
「膜は確かに緑色……風属性だった! だったら何故!?」
一方の僕は、ただのタイルに目をやって……茫然自失だった。
「くは、はは」
「嘘だよな。ああ、そうだこ、れは夢、じゃ、な、いんだよっ……糞が!」
「ああ、何だこれ。息巻いてたのは何だったんだ。無理だ。恥ずか死ねる」
僕は床に膝をついて。顔を手で抑えて。
「だが我が子だからな。愛情は注いであげよう。何せ天才だからな」
父上殿は満足そうに微笑んで。
この日から、僕は父上殿と顔を合わせられなくなった。
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