漫画喫茶

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  *** 『いらっしゃいませ』 『やあ、また来てしまったよ。ここは本当に素晴らしい』  ここは図書喫茶。街で偶然見つけて以来通い続けてるお店だ。 『ありがとうございます。お客様に゙時間を感じさせない゙時間を提供するのが私の務めですので。しかし……』  彼は金の小箱を私に手渡した。 『時間を知らせる鐘の音が鳴りましたら、決してページを捲ってはなりません。その場で退出して頂くことになります』 「わかっているよ」  そう。それがここの唯一の規則だった。  しかしそれ以外は完璧だ。  奥にあるソファーに座ると、まるで雲に抱かれているような心地よさ。  テーブルには前回読み途中だった本が用意されており、ご丁寧に栞も挟んである。  さらに、珈琲と焼菓子を振る舞われるのだが、これが不思議なもので私が満足するまで空になりはしないのだ。  満たされた気分で本を読んでいると、小箱が開き、オルゴールが鳴り響いた。  普段はその強く美しい音色に気圧されてすぐに席を立つのだが、今日は何故か無性に続きを読んでいたくなったのだ。  私はページを捲った。  その後も私は本を読み続けた。特に咎められないので次々と別の本にも手を出していた。 『おや、貴方様は……鐘の音はとっくに鳴ったはずですよ』  その声で我に返り振り向くと、館長が険しい目をして立っていた。  口調こそ穏やかであるが、私は彼のこのような表情を見たことがなかった。 「やあ、すまない。つい夢中になってしまってね。超過分を払うから勘弁してくれないか」  私の提案に館長は悲しげに首を振った。 『御代は結構です。しかし規則を破った以上、貴方を再びこの店に入れることはできません。残念ですよ。貴方は大切な常連客でしたのに』  ここの料金は高い。山積みになっている本の数を考えるといくらかかるかわからない。もう充分すぎるほど本は読んだし、これで良かったのかもしれない。 「ありがとう。素晴らしい時間を過ごせたよ」  館長に別れを告げ階段を上り外に出ると、私は愕然とした。  辺り一面、何もないのだ。まるで三流の物語で描かれる世界の終わりのように。  ふと自分の掌を見ると、指先からさらさらと砂になって零れ落ちている。 『゙時間を感じさせない゙時間を提供するのが私の務めですので』  その言葉の意味を理解した時にはすでに、私の体はどこにも存在しなくなっていた。
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