導入

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それは…親父の涙だった たった一筋だけだが、確かに頬に雫がつたっている。 少なくともアタシは初めて見た。 親父が溺愛してた愛犬チロが死んだときも、決して流さなかった涙。 まさかこんなタイミングで目にするとは思わず、アタシは… 「え…い…いや…あ…」 なぜか動揺してしまい、全く言葉が出てこなかった。 「………」 親父は無言。数秒の沈黙。後に… フリーズしていた頭が動き始める。弱い頭が算出した答えは… この場から逃げなきゃ! プライドの高いこいつのことだから、弱みを見てしまったアタシはただじゃすまないだろう! 頭とは反して、恐怖 でがんじがらめになった体は動いてくれない! 死を覚悟したアタシに親父は意外というか…それをも凌駕する奇想天外な言葉をかけてきた 「はは…味なマネするじゃないか」 いつになく穏やかな声だ。もう数年に一度聞けるかどうかの 「そんなに身を縮めてんじゃねえよ。まあ、礼は言っといてやる」 ありがとう。 ありがとう?あれ?なにそれ?どんなとき使う言葉だっけ? もはやフリーズを越えて、機能停止になりつつあるアタシに親父は 「もう14なんだよな、時間が経つのは早ええ。暇なら昔話に付き合えや」 昔話。その単語を聞いた途端、張り詰めていた気持ちが一気に萎む。 昔話は親父が特上機嫌であることを示すシグナルみたいなもの。アタシが子供の頃から、いい感じに酔ったときや、なにかとても良いことがあった時に話してくれていた。 「なに?また俺様武勇伝?勘弁してよね。そういうの」 親父がブチキレてない事を知った途端、萎んだ気持ちはまたも膨れ上がる。緊張とは違うベクトルに 「もう子供の頃十分きかされたしさ。一人で20人病院に送ったとか色々」
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