第四章

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「そうでもないよ。こうして大学まで来れてるし、それに、働くの結構好きだから」 夏目宗佑の予想以上の好青年っぷりに、何だか彼を騙すような真似をしたことが恥ずかしくなってきた。 「でも、こいつマジ稼いでんだぜ。寮の家賃なんて大したことないし、学費払っても相当お釣りきてるだろ。実は結構溜め込んでる?」 渡辺翔太のセリフは一見して無遠慮のようだが、実は夏目宗佑への気遣いの裏返しであることがわかる。 改めてだが、渡辺翔太のことを相当な賢人だと思った。 「まさか。普通の生活で手一杯だって」 夏目宗佑はおどけたように笑ったが、自分で始めた話題ながらどういう表情で聞いていればいいのか難しかった。 「宗佑って将来臨床?研究?」 ここまで黙々とハンバーグを食していた柳瀬拓実が、突然夏目宗佑に質問をぶつける。 臨床医とは病院で患者を診察している医師で、研究医とはその名の通り大学や研究機関で医学の研究に携わるものを指す。 一般的に多くの医師は臨床医となるが、高学歴、特に東大医学部は臨床以外の道に進む者が多いと聞く。 しかし夏目宗佑は「臨床」と事も無げに答えた。 「夏目、臨床なんだ。お前ならすげえ新細胞とか作れそうなのにな」 渡辺翔太が意外そうにそういったが、私も夏目宗佑は研究向きだと思っていたので、少し驚いた。 「そういうのもいいけど、やっぱり、そこに見えてる、自分の手の届くものが救いたいんだ」 夏目宗佑は自らの手のひらを見つめて、しみじみとそう言った。 そういう言葉を口にする人はこれまでに何人も出会ったことがあるが、しかし、彼らのそれとは言葉の重みが違った。 その言葉に見合うだけの力と、そして覚悟があるからだろう。 こういう人が医者になるべきだと、心からそう思った。 親が医者だからとか、成績がよかったとか、そんな要因でここまでやってきた自分を、ただ、恥ずかしいと思った。
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