第四章

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「え」 「滑れないんでしょ?夏目、教えるの上手いよ」 想定外だ。 そんなの千佳が嫌がるに決まっていると思ったのに、当の千佳が何の反応も示さないことが、また私を驚かせる。 「それなら翔太の方が」と言ったところで夏目宗佑が言葉を切ったのは、おそらく先ほどの渡辺翔太の耳打ちの内容に関係しているのだろう。 何やら渡辺翔太と目線のやり取りをした夏目宗佑は「高橋さんが嫌じゃなければ……」と、申し訳なさそうな表情で呟いた。 「あ、じゃあ、お願いします」 千佳は素直にそれを受け入れた。 何だか千佳が素直すぎると感じるのは穿った見方だろうか。 しかし、私はそれについて深く考えないことに決め、「じゃあ」という短い言葉で千佳と夏目宗佑を残して、渡辺翔太と共にその場を後にした。 リフトに乗り込むと、それまでの緊張感から解放されて、一気に心が軽くなったような気がした。 「ふぅ、何とかうまくいったかな?」 向こうも大分気を張っていたのか、渡辺翔太が安心したように言葉を落とした。 今更だが、こんなことをに巻き込んでしまったことを申し訳なく思った私は、渡辺翔太に対して素直に「ごめんね」と謝った。 「え、何が?」 「いや、こんなことに付き合わせて」 「いや、別に。ていうか、スキー自体は普通に楽しいし、むしろ感謝?」 わかっていたことだが、夏目宗佑に劣らず渡辺翔太も人がいい。 彼らといると、なんだか自分がひどく悪い人間のように思えた。
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