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「何を……」
企んでるの?
そう続けようと思うのに、言葉が出ない。
これは、嘘だ。
危険信号が頭の中で鳴り響いているのに、その場から動くことが出来なかった。
これだけ疑っていても、それでもしかし、夏目宗佑の瞳の引力は、私が目をそらすことを許さない。
このままじゃ、引きずり込まれる。
「翔太より、俺を選べよ」
夏目宗佑はその下先でペロリと私の耳を舐めた。
「なっ」
体が一気に蒸気する。
静まれ。
いくらそう願っても、鼓動の音が止まない。
「やめて」
その言葉を口にするのが精一杯だった。
「なんで?嫌?」
やめろ。
こんな茶番に引っかかるな。
自分で自分に必死に呼びかけたが、しかし、夏目宗佑の根幹に見え隠れする寂しさや、孤独の光が彼の言葉から軽薄さを根こそぎ奪い取る。
必死に否定しようと思うのに、どこか、彼のことをもっと知りたいだとか救いたいだとかいう感情があることは認めざるを得なかった。
そして、その時点で私の負けは確定していた。
「頼むよ。俺を、愛して」
一転して哀しみを湛えて絞り出すような声を漏らした彼は、そのまますとんとその頭を私の肩に落とした。
恋に落ちる、音が聞こえた――
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