第五章

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「もしもし。将晴?」 『もしもし』 「ごめん、今、病院出たところで」 『わかった。今から、うち、来れる?』 「うちって、将晴の?」 『うん』 「大丈夫だけど……」 『じゃあ、待ってる』 「うん、わかった。また、後で」 短い会話を交わして電話を切る。 まさかこの時間からフランス料理を食べに行くと思っていたわけではないが、何かしらの【特別】を期待していた私は密かに落胆していることを認めざるを得なかった。 だって、将晴の家って、直くんいるし……。 将晴は高校時代の部活の先輩で、付き合い始めて既に十年になる。 誠実で優秀だが、寡黙で、自己表現の下手な人だった。 将晴の家はもともと母子家庭だったが、将晴が高三の夏、病気によりその母親さえも他界し、将晴は弟と二人取り残された。 私は、その優秀さゆえに将晴は当然大学へ進学するものだと思っていたが、結局彼は高校卒業と同時に警察官になることを選んだ。 初めから決めていたことだと彼は言ったけれど、その発言の真偽は今をもってしてなお定かではない。 その将晴が、この春から警視庁捜査一課へと配属された。 私は警察の制度は全くわからないが、それでも、それが警察の中では花形であり、二十代にしてそこまでたどり着いた将晴が相当にすごいのだということくらいはわかるつもりだった。 三月まで警察の寮に住んでいた将晴が、この春から外にアパートを借りることにしたのは、弟の直くんの転校を避けるためだったと私は思っているのだが、結婚以外の理由で寮を出ることはあまり好ましく思われないのか、将晴はしばしば自分のことを異端児と表現した。 もともと人付き合いの上手なタイプではないが、若くして成功していることが、将晴の周囲の人間関係を一層悪くしているように思えた。
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