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「まあ、さすが千佳ちゃん。この調子なら理三も夢じゃないわね」
「そんなおだてないでよお母さん。まだあと二年もあるんだから」
からりと笑いながら、軽く屈んでローファーに足を入れる。
肩に提げた鞄をきちんと持ち直した。
玄関の鍵に手をかけて、カチリとそれを回す。
理三なんて受けるわけない。
なんで医者になるのに、そんなに冒険をしなくてはならないのだろうか。
もっと確実な道はいくらでもある。
この人は、ちょっと模試の成績がよかったくらいですぐにそんなことを言う。
それでいて、決して私が可愛いわけではないのだ。
優秀な子供を育てる自分に酔っているだけ。
昔から、ずっと、そうだった。
「今日も塾寄るから、帰り遅くなるね」
理想の娘の仮面をかぶって、私は笑う。
「はぁい。頑張ってちょうだいね」
高校二年生になって一ヶ月。
周りには、すでに受験に躍起になっている生徒は少ないし、私だって、この時期から常に全力でい続けられるとは思っていない。
それでも、家には帰りたくなかった。
この家にいる時間を一秒でも短くするために、私は塾へ通っていた。
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