第五章

14/42

75人が本棚に入れています
本棚に追加
/507ページ
「あのさ、ここんとこ、結構忙しくて、あんま会えてなくて。あ、だからってわけじゃないんだけど、えー、あのさ、良かったら、俺と」 前半部分では別れ話でも切り出されるのかと思ったが、しかし、後半の内容と、そしていつにも増して真っ赤に染まった将晴の顔を見ながら、全く別の可能性が頭をもたげる。 もしかして。 そう思ったと同時に、スマートフォンの着信音が鳴り響いて、将晴の言葉を遮った。 「はい」 電話を受けた将晴の表情が瞬時に仕事モードに切り替わる。 普段はあまり見られない、この真剣な表情が好きだった。 「はい」とその後何度か返事をした将晴が「すぐに行きます」と言って電話を切る。 着信音の時点で想像はできていたが、何か急な呼び出しがあったようだ。 「ごめん」 将晴は謝ったが、すでに意識が事件の方に向いているのはその表情からも明らかだった。 そうあるべきだし、だからこそ、私は彼が好きなのだ。 私は首を振りながら「いいよ、早く行って」と努めて笑った。 素早く立ち上がった将晴は、鞄に物を詰めながら「ほんとごめん」ともう一度謝った。 「いいから。大丈夫。でも、もう電車ないから、今日ここ泊まっていい?」 「もちろん」 この十年、こういうことは決して少なくなかった。 就業時間であるかどうかに関わらず呼び出しが来たらすぐに駆けつけなければならないのが警察官だ。 そのため、旅行などへ出かけることもできないし、大変な仕事だと思う。 先ほどのように将晴が家にいる場合には使わないが、こういう場合のためにこの部屋の合鍵も預かっていた。
/507ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加