第五章

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「この仕事は、僕にとって、贖罪だから」 夏目先生の言葉の意味は、私にはわからなかった。 一体何の贖罪なのか、先生がどんな罪を犯したというのか、気になって仕方がなかったはずなのに、終ぞそれを聞くことはできなかった。 それを許さない何かが、先生の表情にはあった。 「忙しくたって別にいいんだ。こうすることでしか、僕は生きることを許されない」 「先生」 言いたいことはいくらでもあった。 しかし、一番伝えなければならないことは決まっていた。 「先生の過去に何があったのかとか、そんなこと何も知りませんけど、でも、そんなの関係ないですよ。患者さんにとっては、何の関係もありません。先生がいてよかった。先生に救われた。ただ、それだけです」 夏目先生はもともと大きな目をさらに大きくして、それからいつものように穏やかに微笑んで「ありがとう」という言葉を返した。 その言葉に拒絶の意を感じ取ったのは、おそらく私の勘違いではない。 「夏目先生、この後用事ありますか?」 「いや、ないけど……」 「一時間、私にください」 「え」 「ちょっと一緒に来てください」 このままじゃ、ダメだ。
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