第六章

9/36

75人が本棚に入れています
本棚に追加
/507ページ
「こんばんは」 彼女と再び会ったのは、それから一週間と少しが過ぎてからだった。 零時も回った深夜、近所のコンビニを出たところでばったりと出くわした。 「こんばんは」 俺は挨拶を返した。 「最近、暑くなってきましたね」 「あ、はい、そうですね」 自分でももう少しスムーズに返答できないものかと思うが、女性と話すのは本当に苦手だった。 「あー、この間の肉じゃが、うまかったです」 やたらと料理を褒めちぎる直樹の顔が思い浮かんで、言葉が出た。 「本当ですか。よかったです」 彼女が微笑んだことで、何故だか料理を褒めたことを後悔した。 「あ、じゃあ」 一刻も早くその場を立ち去ろうと思ったが、彼女の表情に陰りが見えたことに気付いて足を止めた。 「どうか、しましたか?」 「いえ、何でもありません」 彼女は長い黒髪に手を当てて目を伏せた。 美人だが、影のある表情をする人だと思った。 他人に紛れない独特のオーラを有しながら、それでもなぜが、地味だという印象を与える。 儚いという言葉がよく似合う。 俺は、彼女の意図を探して、周囲をよく観察した。 時間が時間だ。 人通りは少ない。 そんな中道の角からちらちらと黒いコートの端が覗いていることに気がついた。 「ストーカーされてるんですか?」 彼女の瞳が一回り大きくなる。 素直な人だ。 嘘の、付けない人。
/507ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加