第六章

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「いいえ」 彼女は首を振ったが、それが真実でないことくらいは俺にもわかった。 「警察に、相談とか」 彼女の表情が曇るのを感じて言葉を切った。 自分で言っておいてなんだが、おそらく警察はこんなことくらいでは動かない。 「あー、あの」 脳内がフル稼働する。 どうするべきだ。 いや、違う。 答えはわかっている。 でも。 頭の中に浮かんだ真奈美の笑顔を無理やりかき消して口を開いた。 「とりあえず、アパートまで一緒に帰りましょう。送ります」 「あ、いえ、でも」 そう言いながらも彼女の表情には安堵が浮かんでいた。 自分でもそれに気がついたのか、言葉を切って、「ごめんなさい」と本当に申し訳なさそうに続けた。 「別に、俺だってこれから帰るんだから、一緒ですよ」 慣れないことをしていると自分でも思いながら、彼女を安心させるために努めて柔らかい表情を作った。 彼女は俺の目をまっすぐに見て、わずかに口角を上げながら「ありがとうございます」と丁寧にお礼を述べた。 この人をストーカーしようと思う人間の気持ちがわずかにわかったような気がしたのは、きっと、何かの勘違いだ。
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