第六章

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「あ、はい」 医者か。 優秀であることは見ればわかる。 案外体力もありそうだ。 内に秘めた芯の強さのようなものは感じられる。 実はこういう人が医者に向いていたりするのかな、なんて自分の中にある医者というものの認識を改めた。 「そうですか。あの人は、後をつけてくるだけですか?接触とかは?」 「いえ、接触はしてきません。ただ、ずっと私のことをつけているだけです」 彼女はそこで言葉を切って、俺に向かって「加護さん、ご職業は?」と尋ねてきた。 「あ、俺ですか?俺は、警察官です」 陰りのある表情は彼女の大人っぽい色気を際立たせていたが、「あ、やっぱり」と言って笑う表情には、どこかあどけなさすら感じられるから不思議だ。 「やっぱり?」 「だって、何だか事情聴取みたいなことお聞きになるから」 「すみません。そういうつもりじゃなかったんですけど。不快だったら詫びます」 「あ、いえ、不快だなんて全然。すみません、変な言い方をしてしまって」 そんな会話をしているうちに、アパートにはすぐにたどり着いた。 「送っていただいて、ありがとうございます」 「いえ、送るって言っても、ただ家まで帰ってきただけですから」 事実だ。 別に俺は何のデメリットも負っていない。 「あの、なんかあったら言ってください。力になりますから」 その言葉は本心だった。 心苦しいが、現在の状態で近隣警察がまともにとりあってくれるかどうかは微妙なところだ。 しかし、だからと言って放っておくことはできなかった。 格好をつけるつもりはないが、正義感は強い方だと自負している。 高橋さんは、小さく口角を上げて「ありがとうございます」と言いながら頭を下げた。 それが、高橋千佳との二回目の接触だった。 このときは、三回目があんな事態になるなんて、思ってもみなかった。
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