第六章

24/36

75人が本棚に入れています
本棚に追加
/507ページ
直樹が軽く頬を膨らませて、「兄貴、お隣さんの名前知ってるだろ」と言ってくる。 そうだ。 名前。 真奈美に聞かれた時、なんで、知ってるって言わなかったのだろうか。 どうして。 「高橋さん」 「ほら、知ってる。何で真奈美さんに嘘つくんだよ」 「別に、嘘なんて」 「知ってるもの知らないって言ったら嘘だろ」 そうだ。 直樹が正しい。 「兄貴、ダメだよ」 直樹が真顔で俺をじっと見つめて、そう言った。 ダメだよ。 何がとは言わなかったが、言いたいことは十分に伝わった。 直樹は、時々こういう表情をする。 その度に思うんだ。 こいつは、実は俺が思っているよりも、ずっと賢いやつなんじゃないかって。 「うん」 俺は素直に頷いた。 途端、直樹がにっこりと笑って「ねえねえ、結婚式いつするの?」なんて聞いてくるから、その表情が一気に幼さを帯びる。 我が弟ながら、未だにこいつのことが掴みきれない。 「結婚式とかするかもわかんねえよ」 「えー」と抗議するように声を上げる様はまるで小学生のガキンチョのようだ。 「女子の敵だよ」 「お前は男だろうが」 「女の子の気持ちを俺が代弁してるんだよ」 「うるさい、黙れ」 そんな他愛もないやり取りの中でも、『わんちゃん』と『内海麻子』がちらついて消えなかった。
/507ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加