第七章

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「コーくん、機嫌いいね。なんかいいことあった?」 ホームルームを終えるや否や、加護直樹が話しかけてきた。 うちのクラスで一番優秀な生徒だ。 なぜ我が校に入学したのかと問いたくなるような秀才だが、野球部での活躍ぶりを聞くと、うちの学校を選んだのも頷ける。 とはいえ、最後に甲子園に出場したのはもう十年以上も前のことで、最近では私立を相手に大分苦戦しているようである。 私立の強豪校へ行くことは考えなかったのかなと思ってしまうが、家族構成が兄一人となっていることを見ると、何か複雑な家庭環境に置かれているのではないかと無粋な勘ぐりをしてしまう。 そのお兄さんも、職業は警察官となっているが、仕事が不規則なのか単に忙しいのか、なかなか三者面談の予定が立たずに困っていた。 それにしても、両親の不在などは一切感じさせない本人の無邪気さとその文武両道の精神には頭が下がる思いだ。 いつから家族が兄しかいないのか、両親は他界しているのかそうではないのか、詳しい事情は全く知らなかったが、自分とそう年の変わらない男性がこの子を育てたのかと思うと、すごい以上の言葉が出てこない。 どんなお兄さんなのか、会ってみたいと思わずにはいられなかった。 「こら、コーくんって呼ぶな」 「何でよ。いいじゃん」 実のところ、俺もコーくんと呼ばれることにこれといった違和感はないのだが、先日先輩教師から生徒との接しかたについて苦言を呈されたばかりなのだから、注意しないわけにもいくまい。 「よくないよ。教師の威厳ってのは、そういうところからちゃんとしないと」 先輩の受け売りをそのまま口にする。 自分の口から出た言葉なのに、内容が自分に馴染んていないのを感じた。 「うわー、嘘くさ。大丈夫、授業参観の間は呼ばないから」 「当たり前だ、バカ」 出席簿で軽く加護の頭を叩いて教室を後にした。
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