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「こんにちは」
廊下を歩くその人に、俺は思わず声をかけた。
男は振り返った。
先ほど、俺の担任クラスの授業を観覧していた男性だ。
他の保護者に比べて明らかに若かった。
おそらくは、まだ二十代、俺とさして変わらない年だろう。
端正とは言い難いが、精悍な顔つきは非常に好感が持てるそれだ。
それなりに背丈がある上に、服の上からでもはっきりとわかる筋肉がある。
日頃から相当鍛えていなければこうはなるまい。
全体的に、男らしいという表現のよく似合う男性だった。
俺は、この人こそが加護の兄に違いないという確信を抱いていた。
「えーっと」
話しかけたはいいが、何と続けていいものだろうか。
いきなり加護さんと呼ぶのはさすがに憚られる。
俺が次の言葉を思案していると、向こうから「加護直樹の兄です」と名乗ってくれた。
「あ、お兄さんですか」
わかっていたはずなのに、何故だか、今しがたの自己紹介で初めて気づいたような風を装ってしまった。
変に興味を持っていたことを知られるのは、少し恥ずかしい。
「いつも直樹がお世話になっております」
男はきちっとした姿勢で頭を下げた。
慌てて、「あ、いえ、こちらこそ。直樹君は本当に優秀で、もう」と言葉を返したが、そのたどたどしい話し方には自分でも嫌気がさしてしまう。
「あの」
まっすぐと俺の目を見て、言葉を放つ。
何も悪いことなどしていないのに、何故だか射抜かれたように、竦み上がってしまった。
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