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「次に気にかかったのは、姉が随分とゆったりした服を着だしたことです。もともとそういう服を好む人ではなかったので、不思議に思いました。後から考えればおかしなことはたくさんあったのかもしれませんが、結局、私が姉に何か尋ねるよりも先に、事は起こりました。夕食の後、姉が、急に吐き気を催したんです。私は単純に姉を心配しましたが、母はすぐに気付きました。きっと、それよりも前から何か異変は感じ取っていたのでしょう。そのとき、姉は妊娠九ヶ月でした」
俺はごくりと唾を飲んだ。
九ヶ月。
そんなになるまで家族に隠し続けるなんてことが可能なのだろうか。
早川はそんな俺の考えを感じ取ったように、「姉はあまりお腹が大きくならなかったんです」と言ったが、それから目を伏せて自嘲気味に笑った。
「そういうことじゃあ、ないですね。私たち家族の関係が希薄であったと取られても仕方がないと思います」
そんなことはないと言おうとしたが、堪えた。
それは、あまりにも軽薄な発言のように思われた。
「激昂した両親は父親の名前を言わせようとしましたが、姉はそれを拒みました。私は姉に恋人がいることはなんとなく知っていましたが、母と父はそれすら初めて知ったようでした。姉は部屋に閉じこもり、我慢比べのような状態になりましたが、それも長くは続きませんでした」
麻子は当然のように運ばれてきた料理を口にしていたが、早川も俺も、食器に手すら触れていなかった。
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