75人が本棚に入れています
本棚に追加
/507ページ
「こんばんは」
カーテンを開けると、ベッドの上で体を起こした加護さんが、右手で文庫本を開きながら、左手で持つダンベルを上下させていた。
「あ、こんばんは」
まさか俺が来るとは思っていなかったのであろう、加護さんが驚いたように俺に視線を向けて制止した。
「すみません、突然お邪魔して」
「あ、いえ。すみません、ちょっと驚いてしまって。どうぞ、そちらの椅子に」
「あ、はい、失礼します」
俺は勧められるままに、ベッドの横に置かれた丸椅子に腰を下ろした。
加護さんは文庫本を閉じて、ダンベルをベッドの上に置いた。
「すみません、中断させてしまって」
「いえ、どっちも気休めなんで」
加護さんは軽くそう言ったが、三十キロという数字が目に入ってしまうと、そうですねとは言いづらい。
「お怪我は大丈夫ですか」
「はい。もう歩けますし、明日には退院します」
「そうなんですか」
三階から落ちるってそんなに軽いことではないだろうと言いたくなるが、もはやこの人なら何でもありな気がしてくるから不思議だ。
「先生、今日は?」
「え」
「俺の見舞いのためにここまで来たわけじゃないでしょう?」
当然のことのようにそう言うから、面食らってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!