第八章

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今しがた得られた情報を頭の中で整理しつつ、当番弁護士制度や今後の流れについての説明を行い、結果、俺は私選弁護士として事件を担当することが決まった。 「では、彼女の容態などを確認して、また来ます」 「ありがとうございます。お願いします」 深く頭を下げた最上さんを背に、俺は部屋を後にした。 さてどうしたものか。 最上さんは殺意がなかったと言っているのだから、殺人未遂という容疑は否認しているということになる。 通常、殺人未遂という罪が成立するためには、殺意が必要だ。 殺意が認められれば、相手が怪我をしていようがいなかろうが、この罪が適用される。 しかし、殺意を否定できれば、扱いは傷害事件となる。 被害の程度が同じなのに罪の重さが変わるのはおかしいという意見もあるが、現在の法では殺意の有無というのは非常に重要な争点とされていた。 けれど、この殺意の有無というのが難しい。 話の中で幾度となく女神というワードを用いた最上さんの言葉に嘘はないだろう。 常識的に考えて、三階から人を突き落としておきながら殺意がないというのはあまりに苦しいようにも思うが、疑わしきは罰せずの原則に則ってか、殺人未遂と傷害の境界は一般人の感覚とはずれたところに存在することが多く、これを傷害事件にすることはそれほどの無理難題ではない。 とはいえ、簡単ではないことも事実だ。 うーん。
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