第八章

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「高橋千佳です」 名刺を受け取るだけの所作に気品が感じられるのだから、不思議なものだ。 美人にカテゴライズされるのは確実だが、それだけでは言葉が足りないだろう。 大きな黒目が持つ引力は、見るものを捉えて離さない。 全体の雰囲気は暗いと言って過言でないはずなのに、何故だか同時に温かいという印象を与える。 ただ、惹かれた。 頭に包帯を巻いてはいたが、見たところそれほど大きな外傷はないようだ。 彼女が大怪我を負っている可能性を想定していた俺は小さく胸をなでおろした。 「ごめんなさい。こんな時間に呼びつけて」 「いえ、そんなっ」 立場としては激昂していてもおかしくないはずなのに、この穏やかさは何だ。 調子が狂う。 「あの、この度は本当に申し訳ございませんでした。最上も心から反省しており」 「倉科さんは、示談の交渉にいらっしゃったんでしょう?」 「え、あ、はい」 高橋さんが俺の言葉を遮ってそんなことをいうものだから、思わず声が上ずった。 「すべて、そちらの希望通りで構いません。金額についても倉科さんにお任せします」 「え」 まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。 とても昨日殺人未遂にあった被害者とは思えない落ち着きようだ。
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