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「倉科さん」
店に入るや否や、その人は俺の名前を呼んだ。
随分と洒落たバーだ。
指定されたときには意外に思ったが、なるほど話をするのに適した落ち着いた雰囲気を持っている。
カウンターテーブルの一番奥に座る加護将晴の隣の椅子を引いた。
「すみません、お待たせしましたか」
「いえ、今来たところです。何か飲みますか」
加護将晴の手元のグラスに目をやる。
「それは?」と尋ねると、薄く笑いながら「アイスティーです」と答えた。
なんとなくお酒ではないような気はしていたが、店の雰囲気との釣り合いの取れなさに思わず黙ってしまった。
加護将晴は「コーヒーなんかもありますよ」と言ってから、「もちろん酒もたくさんあります」と続ける。
抱いていた人物像との違いに困惑した俺は、自分の隣に座る加護将晴その人をじっと見つめた。
程よく引き締まった体だ。
ラグビー選手のように露骨にガタイが良いわけではないが、しかし筋肉質と言っていいそれは日本一の名にふさわしい。
意外だったのはその雰囲気だ。
もっとギラギラとして自信に満ち溢れた人物を想像していたが、彼の纏う空気は驚くほどに穏やかで澄んでいる。
ほとんど会話をしていないのに、不思議と信頼できる人間であるという確信に近いものを感じていた。
「じゃあ、コーヒーを」
そんな注文をしていいのかと怖くなるような店構えだが、加護将晴は慣れた様子でバーテンダーにオーダーを通した。
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