75人が本棚に入れています
本棚に追加
「家庭教師……」
「受験はほぼ宗佑さんの力で合格したようなものですから、本当に感謝してます。でも、俺は宗佑さんが家庭教師としてうちにやってくるよりも前に、宗佑さんに見覚えがありました。俺が高一、宗佑さんが高二の冬です。塾の帰りに、高橋さんと宗佑さんが一緒に歩いているのを見ました」
「え」
加護将晴の表情は俺の期待通りのものだったが、しかし、話を続けるよりも先に加護将晴の携帯電話の着信音が響いた。
「すみません。失礼します」
短く断って、素早く着信をとる。
はい、何度か返事をした後に電話は切れた。
その表情から、何か急な用件があったのだということを悟った。
「お仕事ですか」
「すみません。お話の途中に申し訳ないのですが、ちょっと出なければいけなくなりました」
「いえ、お気になさらず」
加護将晴はもう一度「すみません」と謝ってから、素早く会計を済ませてバーを後にした。
残された俺は、ここに留まっていても仕方がないと思い、ゆっくりと帰り支度を始める。
話が途中になってしまって残念なはずなのに、どこか安心している自分がいることに気付いた。
俺はあの二人の秘密を暴くことを、恐れているのかもしれない。
いや、そんなはずはない。
俺はその思考を自分の中から追い出すように首を振って、バーの扉を押した。
最初のコメントを投稿しよう!