第九章

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「九年前」 「え?」 「九年前の今日も、ひまわりは、供えられていたんですか」 「はい。二十年以上、毎年欠かされたことはないと聞いていますが」 九年前のあの日、ここへ来たのは宗佑じゃない。 ならば、邦浩。 ――明日は大切な用事があると言っていた 夏目邦浩の恋人である松野綾香の言葉だ。 大切な用とは、ここへ来ることだったんじゃないのか。 だとすれば。 「すみません、その息子さんの名前……というか面識のある方はいらっしゃいませんか」 「はい、それでしたら何名か」 そこで、背後から「どうかしましたか?」という品の良い声が聞こえて、俺はとっさに振り返った。 「副住職」 若い僧侶が今しがた現れた人の良さそうな顔立ちをしたその人を呼んだ。 「あの、夏目邦浩という男を、知りませんか?」 事件当時、当然のことながら邦浩の生い立ちについても調査がなされた。 しかし、邦浩が中学三年生の冬に事故で両親を亡くしてから、真沙美と結婚するまでの四年間、一体どこでどのようにして生活していたのかは誰も知らなかった。 高校へ行っていなければ、定職にも就いていない。 邦浩はもともと親戚間で問題児として忌み嫌われていたらしく、事故後の消息を知るものはいなかった。 その空白の四年間が今、埋まろうとしている。
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