第九章

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副住職と呼ばれたその男は、目を見開いてから、ゆっくりと口を開いた。 「知っています。かつて、この寺に住んでいました」 とくんと、心臓の鳴る音が聞こえたような気がした。 「夏目宗佑について、いや、邦浩についてでもいいです、何かご存じのことはありませんか。何でもいいんです」 俺はその男に縋った。 その時、背後から「善人さんっ」と俺を呼ぶ声が聞こえた。 振り返った先にいたのは、従兄弟の倉科晃多だった。 俺は幼少期からこの愚鈍な従兄弟のことを嫌悪していた。 愚鈍という言葉が正確ではないことはよく知っている。 少なくとも机の上での勉強においては、人よりもできる部類であろう。 東大に入って弁護士になるとは思っていなかったが、さりとて意外というほどのこともない。 しかし、それでもやはり、俺にとってこの従兄弟は愚鈍以外の何者でもなかった。
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