第九章

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「それでも、毎日寺の手伝いをして、楽しそうに生活していたんだ」 それは意外だった。 邦浩が寺の手伝い? 俺の中の夏目邦浩という人間の像がどんどんブレていく。 邦浩とは、一体どんな人間だったのだろうか。 「進路について話をしたとき、邦浩は僧侶になると言った。高校は出ているものが多いけれど、必須というわけではない。この子がそれを望むならそれもいいだろうと思ったのだけど、結局修行を終えることなく、この寺を去ってしまった」 それを住職の落ち度といって非難することは簡単だが、そうしようとは思わなかった。 ただ邦浩自身が心の弱い人間だったのだと思う。 「邦浩が結婚して子供を持ったことはいつ?」 「相手の女性がすでに亡くなった後に。火葬代を貸してほしい、遺骨を父の墓に入れてやってほしい、と」 真沙美も身寄りのない女だった。 墓に入れたいと思うのならばそうするほかないだろう。 しかし、そもそも邦浩の暴力によって自殺したという話ではなかったのか。 それで墓? なんだかちぐはぐな印象を受ける。 「矛盾していると思うかい?」 そう問うてきたのだから、真沙美の死についてもある程度情報を持っているのだろう。
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