第九章

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「邦浩の名前で送られてきたんですか」 「いいえ、名前は書いてありません。ただ、宛名の字が」 「字?」 「はい、邦浩の字に似ていたもので」 目を閉じて、記憶を辿る。 あの事件の捜査の際に宗佑の高校へ行って書類を見たことがあったはずだ。 綺麗な字だと思った直後に、その書類を書いたのはおそらく宗佑本人だろうと断じたのを覚えている。 あれは、一体誰の字だったのか。 「その封筒、見せてもらっても?」 「もちろん」 その字を見たところで何がわかるわけでもないのに、何故だかどうしても見たいような衝動にかられる。 俺は一体何を求めているのだろうか。 住職が大きな缶を持ってふすまの向こうから現れた。 「どうぞ」と目の前に置かれた缶の中には封筒が山積みになっていた。 その一枚を手に取る。 教科書の手本にでも載っていそうな綺麗な字だ。 記憶の中にある書類に書かれていた文字とイメージが重なる。 これを書いたのが宗佑だと言われれば納得するが、邦浩の書いた文字とは到底思えなかった。 「綺麗な字ですね」 単純な感想を口にした。 「うん」という短い言葉を優しいと感じるのだから不思議なものだ。
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