第九章

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その日の夜、警視庁の建物から出たところで俺はその男を見つけた。 普通に歩いているようだが、よく見るとわずかに足を引きずっている。 俺は半ば確信を持ってその背中を追った。 「加護っ」 俺の予想通り、その男は呼びかけに反応して振り向いた。 いい体つきだ。 事前情報がなくとも、何かの手練れであることがわかる。 「加護将晴だな」 加護は黙ってじっと俺を見つめた。 どうやら俺のことは知らないようだ。 警戒心を見せたまま、「どなたですか」と尋ねた。 「理事官の羽生だ」 一瞬目を丸くしたかと思った後、瞬時に姿勢を正して、敬礼しながら「お疲れ様です」とよく通る声を発した。 その若者らしい礼儀正しさには幾分好感が持てる。 「そんなにかしこまらなくていい。仕事じゃない」 加護は怪訝そうな表情を見せる。 当然の反応だ。 「夕飯まだか」 加護が「はい」と答えた時にはすでに歩き出していた。 何も言わずに黙ってついてくるのを背中で感じながら、近所の定食屋へと足を踏み入れる。 店に入った俺は「焼き魚定食二つ」と言いながら席に着いた。 「さて、初めましてだよな」 加護は「はい」と短く答えた。 人の目をちゃんと見て話すやつだな、というのが最初の感想だ。 当たり前のようでいて、それができない人間は少なくない。
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