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「どうしてその名前を?」
「自分の隣の部屋に住んでいる女性です」
「え?」
マジかよ。
「それほど親しくしているわけではないのですが、何度か面識があります。夏目より、彼女の方が自分との接点は多いと思います」
高橋千佳が加護の隣人であるという事実にはもちろん驚いているが、しかしもっと重要なことは、夏目の話をしようとした今、こいつが高橋千佳の名前を出したことだ。
九年前のあの事件を知らない限りは、出てこないはずの名前だ。
「話を遮ってすみませんでした。夏目の話を、すればいいですか」
「いや」と反射的に短く答える。
夏目の心証を聞こうと思って加護を捕まえたのだが、それどころではなくなった。
「俺から話そう」
俺が高橋千佳の名前を知っているかどうかを確認してきたということは、増本久高経由であの事件のことまでが伝わっているわけではない。
それでも、夏目宗佑と高橋千佳をつなげる何かがあるのだ。
九年間、単なる想像でしかなかったそれが急に現実味を帯びたことに不思議な高揚感を抱いていた。
しかし、夏目宗佑と高橋千佳の話をするというのなら、あの事件のことは知るべきだ。
少し戸惑ったような表情の加護に対して、「九年前の今日」と俺は話を始めた。
途中届いた定食を口に含みながら、当時自分が知りえた情報の一切を話した。
この後に及んで守秘義務など、どうする気もなかった。
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