第十章

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四年生になって、彼女はぱたりと姿を見せなくなった。 中学受験の塾にでも通いだしたのだろうかと、理由をつけて自分を納得させたが、僕の生活はまた暗闇に戻った。 中学校へ上がると、細々と続いていたいじめがエスカレートした。 傷つけられる度、僕は心のスイッチを切った。 そうすれば、痛いのも、汚いのも、全部がどうでもよくなる。 どんな時間も、いつかは終わりが来るのだということを僕は知っていた。 そんな僕を支えてくれたのは、夏目漱石の本であり、それを通して感じられる彼女の面影だった。 『こころ』、『それから』、『三四郎』、『行人』、漱石の本を読むだけで、僕の心は救われた。 中学の終わり頃から急激に身長が伸び、高校へ入学すると同時にぱたりといじめが止んだ。 その頃の僕は、「K」が死を選んだ理由が、決して失恋のためなどではなかったということがわかるようになっていた。 しかし、家から近いという理由だけで選んだ公立高校にはそれまでの僕を知る者もおり、僕がひとりぼっちであることは変わらなかった。 一年生の秋、学校で受けた模試で、全国で一番になった。 もともと僕のことを扱いづらそうにしていた教師が、厄介者を見るような視線を僕に向けた。 何でうちの学校に来たんだと思われているのがよくわかった。 バイト漬けの生活をしていた当時、塾の特待生のチラシに興味を持ったのは本当に偶然だった。 塾という自分とは無縁の世界に少し触れてみたかっただけだった。 見学のつもりで近所の塾に訪れたその日、僕は彼女を見つけた。 それは、六年前、図書館で夏目漱石の小説を読んでいた少女に他ならなかった。 僕はその日のうちに、その塾へ在籍することを決めた。
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